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2018年02月22日

ドラマ 猫侍 第八話

こんばんは、ふくろうです。
今日は『ドラマ 猫侍 第八話』でございます。

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玉之丞は久太郎の言葉がわかっているのかな。

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久太郎はもう一度仕官の口を捜す気になっています。
どうしたんでしょう。

剣の道しかない。そう思ったのかもしれません。
ただ幕末に、もうあまりそういういい話は期待できないと思います。

空きがどこかにあるのでしょうか。

今回久太郎は、八百長試合を持ち掛けられます。
以前なら、即座に断ったものですが、今回は悩んでいます。

剣で食べていける話がそこここに簡単に落ちておるわけはございませんよ。

今回も玉之丞は豊かな表情を見せています。
見事です。何だか人間の表情に似ています。

何らかのコミュニケーションを感じます。

道の見えない時代に、不遇をかこつ久太郎は、その突破口を開くべく動くのですが、
今のような多様化した社会ではございません。

職業だってそんなにたくさんありません。
少なくともほとんど世襲制の武士の家は、武士がやって行けないなら、
滅びるだけですね。
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剣で出世のできた時代はとうの昔ですよ。
久太郎は何かは食べていそうですが、おそらくひもじい生活でしょう。

猫にまで食べさせるって、そんな生活の中で、のどかすぎます。

まあでも、貧しい高祖父の時代からわが家でなぜか犬と猫はいました。

動物がいるのは我が家では普通のことだったのです。
アレルギーも家系的にはありましたが、いまみたいに神経質にはならず、天命を受け入れるしかない時代でした。

まずしいと医者にはかかれなかったのです。

さて斑鬼と呼ばれながら、「心が鬼にはなり切れない」とライバルの内藤は言います。

そういつもいつも鬼でいるわけにはいかないでしょう。

活躍の場がないのです。
今回の八百長の午前試合は、班目の就職につながるかもしれないのです。

大正時代になって、ちょん髷を結っていた高祖父は、村の若い衆に棒術を教えていました。
伯父の記憶だと、小学校で棒術のエキシビションをやっていたそうです。
その時は紋付はかまで馬車で出かけていたらしいです。

高祖父は、若いころ剣を学び、師匠は高祖父がみとって我が家の墓所に「先生の墓」がありました。

病気で亡くなるまで、髪がどんな意薄くなろうとちょんまげを結っておりました。たった一枚高祖父の写真が残っています。

まだ若い祖母に抱かれた私の父が産着を着ていたのも一緒にうつっています。
このドラマの時代は地続きだという気がします。
久太郎はどうするのかな。

では。
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posted by ふくろう at 20:50 | Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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